サッカー 中村俊輔

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----- 頑張れ!中村俊輔 ワールドカップ2006 -----

● 中 村 俊 輔 ●

中村 俊輔(なかむら しゅんすけ、1978年6月24日)は
神奈川県横浜市出身のサッカー選手。
日本を代表するファンタジスタ。



*****<<略歴>>*****

兄の影響を受け、小学校入学と同時に深園FCに入団、サッカーを始める。中学時代、日産(現横浜F・マリノス)のジュニアユースに所属するが、背が伸びなかったためユースに昇格できず、桐光学園に進学しサッカー部に所属する。高校時代は練習に明け暮れ、現在の彼の武器であるキックの精度などを磨いた。2年生の時に全国高校サッカー選手権で活躍し注目を集める。さらに3年生の時には山本昌邦率いるU-20日本代表に、高校生としてはただひとり選出されアジアユースに出場。またこの年は高校サッカー選手権でもチームの準優勝に大きく貢献した。

1997年、横浜マリノスに入団。入団直後から実力を発揮し、程なくクラブの主力選手として活躍。同年のFIFAワールドユース選手権マレーシア大会にも出場し、チームのベスト8進出に貢献。1998年にはA代表キャンプにも召集された。 その後フィリップ・トルシエによってU-23代表に招集され、2000年のシドニーオリンピックに出場。主力としてアメリカ戦でアシストを決めるなど、ベスト8進出に大きく貢献。さらに同年、A代表に招集され、アジアカップでは左サイドの攻撃的ミッドフィールダーとして存在感を示した。
またこの年はJリーグでも活躍し、MVPを受賞する。

その後も順調にA代表に呼ばれ、2002 FIFAワールドカップ直前の親善試合で直接フリーキックを決めるなど、代表選出確実と思われたにもかかわらず、代表合宿で痛めていた足首のケガが長引いたことなどが原因で選出から漏れ、出場を果たせなかった。 ケガが癒えた直後の2002年7月、 イタリアのセリエAレッジーナに移籍し、2シーズンに渡ってクラブの1部残留に貢献する活躍を見せる。

2005年7月、熱烈なラブコールを受け、スコティッシュ・プレミアリーグの強豪・セルティックへ移籍。移籍1年目から主力選手としてシーズンを通して活躍し、国内リーグ優勝・国内カップ戦優勝の2冠を経験した。

2006年5月、ドイツで開催される2006 FIFAワールドカップに臨む日本代表に選出。チームの主力メンバーとしてジーコ監督の信頼も厚く、「10番」を背負い自身悲願の大舞台に立つことになった。


*****<<プレイスタイル>>*****

左足から繰り出される長短のパスの正確さと抜群のテクニックと、フリーキックが大きな武器。テクニックに裏打ちされた、狭いコースを瞬時に見つけ出し的確に通すパスセンスは日本人随一。プレースキッカーとしては世界屈指。 日本代表選手には珍しくドリブル突破や揺さぶりをかける選手で日本代表には
欠かせない存在となっている。

かつてはフィジカル面が弱く寄せられるとプレーが出来ないといった課題があったがセリエA、スコットランドリーグでプレーを重ねたためか近年では克服しつつある。 また2005年の途中までは右足でのプレーが異常に少なく時に批判の的になっていたが2006年に入ってからは状況によって使い分けるようになっている。

2003年コンフェデレーションズ杯の対フランス戦では、フランス代表ゴールキーパー・バルテズの逆を突くFKや、ジダンのお株を奪う「横浜ルーレット」(「俊ターン」)を繰り出すなど存分に実力をアピール。フランスの新聞・レキップ紙には「宝石のように輝いていた」と評された。 2005年コンフェデレーションズ杯でも、ブラジル代表戦で強烈なミドルシュートで同点弾を奪い、
MOM(マン・オブ・ザ・マッチ)に輝くなどその存在を印象づけた。

イタリアでは所属するレッジーナにおけるポジションの問題や度重なる怪我などで挫折を味わったこともあったが、レッジーナの監督交代を境にして監督・チームメイトからの信頼を得始め、イタリアでもハイレベルなプレーコンテンツの数々を見せられるようになった。

現在の日本代表では、いわゆる黄金の中盤の1人と呼ばれる。


*****<<語録>>*****

「悔しいと思ったら、また強くなれると思う」
(2002年W杯の代表メンバー落選後のコメント)
「いつか…、ワールドカップに出られなかったことが良かったと
思えるくらい上手くなる」
(同上)

*****<<代表歴>>*****

U-20日本代表
シドニーオリンピック日本代表
サッカー日本代表
2006 FIFAワールドカップ日本代表

*****<<タイトル>>*****

1999年Jリーグベストイレブン
2000年JリーグMVP、ベストイレブン
2000年AFCアジアカップレバノン大会、同ベストイレブン
2004年AFCアジアカップ中国大会、同ベストイレブン、同MVP
2005-2006 スコティッシュプレミアリーグ
2005-2006 スコットランドリーグカップ

*****<<出場記録>>*****

1997年3月8日 - Jリーグ初出場(ナビスコカップ予選リーグ)-ヴェルディ川崎戦(国立競技場)
1997年5月3日 - Jリーグ初ゴール(1stステージ第6節)-ベルマーレ平塚戦(三ツ沢競技場)
1998年11月14日 - ハットトリック達成(2ndステージ第17節)-ベルマーレ平塚戦(横浜国際競技場)
2000年2月13日 - A代表初出場(アジアカップ予選)-シンガポール戦(マカオ)
2000年2月16日 - A代表初ゴール(アジアカップ予選)-ブルネイ戦(マカオ)
2002年8月18日 - セリエA初出場、初ゴール(イタリア杯予選)-ターラント戦(ターラント)
2005年8月6日 - スコティッシュ・プレミアリーグ初出場(スコティッシュ・プレミアリーグ第2節)-ダンディー・ユナイテッド(セルティックパーク)
2005年8月28日 - スコティッシュ・プレミアリーグ初ゴール(スコティッシュ・プレミアリーグ第5節)-ダンファームリン(イースト・エンド・パーク)

*****<< 所属チーム>>*****

1985年~1991年 - 深園FC
1991年~1994年 - 日産FCジュニアユース
1994年~1997年 - 桐光学園高校
1997年~1998年 - 横浜マリノス
1999年~2002年7月 - 横浜F・マリノス
2002年8月~2005年7月 - レッジーナ(セリエA)
2005年8月~ - セルティック(スコティッシュ・プレミアリーグ)

*****<<CM出演>>*****

adidas
『サッカー狂症候群 中村俊輔篇』(2002年)
『+10 中村俊輔+10 vs デルピエロ+10篇』(2006年) - アレッサンドロ・デル・ピエロとの共演
『JOSE+10』(2006年)
ファミリーマート
アダムス「リカルデント」(2003年)
大塚製薬「オロナミンC」(2005年)- 上戸彩との共演
コナミ「ウイニングイレブン9」(2005年) - ジーコとの共演
ヤマダ電機(2006年)
『For Your JUST篇』
『ヤマダに新戦力篇』
シュガーレディー(2006年) - 稲本潤一との共演
TOYOTA「トビラを開けよう」キャンペーン(2006年)

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---フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋---


■公式ページ。本人からのメッセージ、スケジュール等。
http://shunsuke.com

■中村俊輔のサッカースクール/フットサルチーム
http://www.jfc-salu.jp/


サッカー 中村 俊輔 ワールドカップ2006
    2006.04

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